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静岡地方裁判所 昭和43年(む)53号 決定 1968年3月12日

主文

静岡地方検察庁検察官岩成重義が昭和四三年二月二七日付でした別紙記載の接見等に関する指定は、これを取消す。

理由

本件申立の要旨は、被疑者は殺人被疑事件により昭和四三年二月二四日逮捕され引続いて同年二月二七日勾留され同年三月六日右勾留を延長され、現在静岡刑務所に在監中の者であるが、同事件の捜査官として静岡地方検察庁検察官岩成重義は、別紙記載のような指定書に基き同年二月二七日接見等に関する指定(以下単に一般的指定と称する)をした。

ところで、刑訴法第三九条第三項によれば、「検察官は捜査のため必要があるときは、公訴提起前に限り弁護人又は弁護人を選任できる者の依頼により弁護人となろとする者の被疑者との接見等の日時、場所及び時間を指定することができる」のであるが、その指定に際し本件のようにまず監獄の長に対し一般的指定をなし、弁護人の申出によりその都度検察官が発する具体的指定書の範囲内に限り被疑者との接見交通を許可することは、実質上刑訴法第三九条第一項が保障する弁護人と被疑者との接見、交通の自由を侵害するものであり、しかも同条第三項が「捜査のため必要があるときは」と規定している趣旨は、検察官が現に被疑者を取調中とが、現場検証に同行しているときなどのように厳格に解されるべきであつて、この規定を根拠に弁護人との接見交通権を原則として禁止する結果を生じるような一般的指定をすることは右規定の限界を逸脱したものであつて、被疑者の防禦権に対する重大な侵害であり、現に弁護人らは連日接見の申出を行なつても数日に一度の割合によつてしか具体的指定されていない実状にあるので、速かに右一般的指定は取消されるべきである、というのである。

よつて検討するに、事実調の結果によれば、被疑者が右殺人被疑事件について昭和四三年二月二四日逮捕され引続いて同年二月二七日清水警察署に勾留されると同時に接見等を禁止され、同年三月六日右勾留を延長されて、同月七日同警察署から静岡刑務所に移監され現在同刑務所に在監中であること、静岡地方検察庁検察官岩成重義が別紙記載のように一般的損定をして、弁護人らの請求により、西山、山根、角南各弁護人に対し、(1)同年二月二九日午前八時三〇分から同一一時までの四〇分間、(2)三月五日午前八時三〇分から同一一時までの四〇分間、(3)三月七日午前八時から同一一時までの四〇分間、(4)三月九日午前八時三〇分から同一一時までの四〇分間、(5)三月一一日午後一時から同二時三〇分までの三〇分間、(6)三月一二日午後二時から同四時までの四〇分間それぞれ具体的指定をしていることが認められる。

(一)  ところで、そもそも本件のような一般的指定を具体的指定と切り離して、これとは別個に刑訴法第三九条第三項の処分として準抗告による取消の対象とすることの当否に問題があるので、この点につき審究するに、右指定が同条項に基いて行なわれていることは、法務大臣訓令事件事務規定第二八条によつても明らかでありただ接見の日時、場所を具体的に指定こそしてはいないが、指定であることには変りはない。しかも右指定書の謄本は監獄の長及び被疑者に送付或いは交付され、監獄官吏はこれに拘束されて、検察官の具体的指定のなされない限り、弁護人の接見交通を拒否するので実質上弁護人の接見交通を禁止する結果になることは否めない。したがつて一般的指定書の名宛人が直接弁護人でないけれども、右指定書が第二次的には弁護人の接見交通の自由制限を意図しており、副次的には一々個別的に具体的指定することの繁雑さを省略しようとする手続的簡便を企図していることも否めない。したがつてこの指定が安易に行なわれれば弁護人の接見交通の自由を制約すること甚しいものがあるといわねばならない。これらの点に着目すれば、一般的指定といえども刑訴法第三九条第三項の処分として具体的指定とは別個に準抗告の対象としなければ、捜査機関による捜査に関する違法或いは不当な処分に対する救済手段を認めた刑訴法第四三〇条の趣旨は没却されることになるであろう。したがつて一般的指定を個々の具体的指定と切り離してこれとは別個に準抗告の対象になり得るものとしなければならない。

(二)  しかしながら一般的指定は、刑訴法第三九条、第八一条の解釈上、全く許されないものではなく、当該捜査事件の性質上、捜査の当初段階から弁護人と被疑者との接見等を許可すれば明らかに罪証をいん滅すると疑うに足りるような特殊の事情が認められれば、接見等の指定に関し、捜査機関としてはより慎重を期する意味において一般的指定を発することが許される場合があるであろう。

しかしながら、その際においてもその後の具体的指定と共に申立人主張のように刑訴法第三九条第三項本文に規定する捜査の必要性を厳格に解釈しなければならないし、又同条項但書により被疑者の防禦の準備をする権利を不当に制限してはならないという枠を逸脱してはならないのである。

(三)  そこで本件が右のような一般的指定を必要とする事案かどうかについて審究するに、一件記録によれば既に警察官の捜査段階において本件殺人被疑事件に関する犯行目撃者、直接の動機の点に関する参考人などについて既に充分な捜査が尽されいて、ただ被疑者自身捜査官の取調に対し黙秘権を行使したり、自供調書をとるに際し、読み聞け或いは署名押印を拒否しているにとどまり、犯行自体は前記各証拠から極めて明白であつて被疑者が罪証いん滅をしようとしても、その虞は全くないものといわなければならない。したがつて弁護人が被疑者とはかつて罪証いん滅をする虞も到底考える余地がない。

しかるに、検察官が本件事案の右のような性質を省みず、当初から一般的指定を発することは、弁護人と被疑者との接見交通の自由を侵害することになることは明らかであるから、違法とはいえないとしても決して妥当な措置とは言い難い。

以上の理由によつて本件指定は、不当な措置として取消すべきであるから、刑訴法第四三二条、第四二六条第二項により主文のとおり決定する。(高井吉夫)

接見等に関する指定書

金岡安弘こと

被疑者 金  嬉  老

捜査のため必要があるので、右の者と弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。公訴提起あるまで接見等禁止

昭和四三年二月二七日

静岡地方検察庁

検察官 検事

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